私は、「普通」という言葉があまり好きではありません。

もちろん、社会生活を送る上で常識的に振る舞う、という意味での「普通」は大事です。

しかし、

単に、”多くの人がそうしているから”

という意味合いでの「普通」に対しては、何の価値も見出だせません。

「これが普通だよ。皆こうしているよ。(だから、あなたも、こうした方がいい)」と言われると、

「その皆は、それでうまくいっているの?」と聞き返したくなります。

「皆」というのが、

「成功している皆」ならよいのです。

しかし、

成功する人の割合が少ない事柄の場合は、

「皆 (普通)」=「失敗するその他大勢」ですよね。

いったい、

失敗するその他大勢から抜け出したいのか、

「皆」と同じ事をして安心したいのか、

どっちなんでしょう。

皆と同じ事をして、皆から抜け出したい?

ちょっと考えても、難しいと思いますよね?

真似るなら、

「成功している皆」を真似るべきと思います。

そして、

「成功している皆」は、全体から見ると少数派です。

成功する人は、その他大勢とは逆のことをすることも多く、

周りから理解されにくいものです。

自信を持って進んでいきましょう。